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2019年5月25日開催 第20回 がん診療アップデート 開催レポート 緩和医療について

田中医師の講演

「乳がん診療のトピックス〜乳がんって遺伝するの?〜」 大阪南医療センター 乳腺外科医長 田中 覚
本日のテーマは、①乳がんの遺伝について、そしてその原因となる遺伝子であるBRCA遺伝子について、②遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の診療について、という流れでお話をします。

よく「乳がんって遺伝するんですか?」と質問されます。それに対してわれわれ医療者は、「一部の乳がんが遺伝に関連します」とお答えします。乳癌全体で遺伝に関連するのは約1割で、その原因となる遺伝子は様々ですが、BRCA1やBRCA2と言われるBRCA遺伝子の変異がそのうちの半数以上を占めています。これが遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)といわれるものの原因遺伝子となります。
「乳がん診療のトピックス〜乳がんって遺伝するの?〜」
大阪南医療センター 乳腺外科医長 田中 覚
1番目の講演にもありましたが、BRCA遺伝子について簡単に説明します。
核の中には染色体というものがあり、それをひも解くと遺伝情報が組み込まれている遺伝子(DNA)というものがあります。その中の一部にこのBRCA遺伝子が含まれているのですが、BRCA遺伝子というのは乳がん(BReast CAncer)の頭文字からとって付けられた名前で、1994年に三木義男先生によって同定されました。

BRCA遺伝子の働き方ですが、色々な原因で損傷を受けた遺伝子は、通常はもとどおりに修復されるのですが、このBRCA遺伝子といものは、その遺伝子の修復に関連します。そして、このBRCA遺伝子の変異は、子孫に50%の確率で受け継がれる、常染色体優性遺伝という形で遺伝をします。

2013年5月に、アンジェリーナ・ジョリーさんが、両側乳腺切除手術を受たこと告白しました。「私の場合、乳がんの生涯罹患リスクは87%、卵巣がんが50%と推定されました。この現実に直面し、リスクを最小限に抑えるために積極的な行動を取ることにしました。」そしてその2年後、卵巣と卵管の摘出手術を受けたことを告白しました。「子宮がんになった家族はいなかったので、子宮は残すことにしました。」と言われていました。このことにより、世界的に遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)が認知されることに至ったと思われます。
それよりも少し前の2007年、皆さんご記憶かと思いますが、「余命1ヶ月の花嫁」が発刊されました。実は、この方のお母さんが卵巣がんで亡くなっておられたということが後に分かりました。その当時は、HBOCの認識が無かったと思うのですが、おそらくこの方もHBOCでお亡くなりになったのではと考えられます。
スライドの写真
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BRCA遺伝子に変異がある場合、乳がんおよび卵巣がんの発症にどれぐらいのリスクがあるかと言いますと、乳がんの場合70歳を越えると大体7~8割の方に乳がんが発症しています。卵巣がんでは70歳を越えると約半数の方に発症するということが言われております。

HBOCの特徴ですが、若年に発生する、家族内に集積する、トリプルネガティブ乳がんが多い、片側に複数回の乳がんができる、乳がんと卵巣がんが併発する、男性の場合は男性乳がんもしくは前立腺がんもしくは膵がんになる、というのが特徴です。

トリプルネガティブ乳がんというのは何かといいますと、乳がんにはいくつかのタイプ(サブタイプという)がありまして、トリプルネガティブ乳がんそのうちのひとつです。乳がんのホルモン受容体とHER2受容体がいずれも発現していない乳がんのタイプをトリプルネガティブ乳がんと言います。

このHBOCの可能性がある方に対しての介入としましては、適切なカウンセリングを行ったり、さらに希望される方には遺伝学的検査というものを行います。カウンセリングや遺伝学的検査を行うひとつの基準となるのが、例えば50歳以下で乳がんの診断を受けられたり、あるいは60歳以下でトリプルネガティブ乳がんと診断されたり、もしくは本人が乳がんとすでに診断されていて50歳以下で乳がんを発症した血縁者が1人以上いる、卵巣がんを発症した血縁者が1人以上いる、乳がん・膵がんを発症した血縁者が2人以上いる、高リスクの民族出身、男性乳がん、といった方々に対して、このような遺伝カウンセリングや遺伝学的検査を勧めるということが行われています。
スライドの写真
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日本人で先ほどの基準を満たす方に対して、BRCA遺伝子の変異があるかないかを実際に検査してみると、約3割にBRCA遺伝子の変異が見つかったということが報告されています。では、BRCA遺伝子に変異のある乳がんは、変異のない乳がんよりも予後が悪いんですか?ということですが、実は予後に差はないと考えられております。では、なぜ遺伝学的検査が必要なのでしょうか。BRCA遺伝子に変異あり、と診断された場合、①すでに乳がんを発症された方は、患側の術式は乳房温存可能でも切除を勧める、②健側のリスク低減手術または検診による早期発見、③新規薬剤(PARP阻害剤)が使用できる、といったことがあります。一方、まだ発症していない方に対しては、検診やリスク低減のために乳房切除をおこなったりします。では、どういった検診をするかということですが、①18歳から月1回自己触診する、②25歳から半年か年1回医師により視触診を受け、年1回MRI検査を受ける、③30歳から年1回マンモグラフィを受ける、④リスク低減乳房切除について話し合う、といったことです。そして、我々主治医への相談だけでなく、カウンセリングや多職種による連携により、患者さんに対して助言をしたり支援をしていく必要があります。

PARP阻害剤というものについて説明します。正常細胞ではDNAは二本の鎖が絡まっていますが、一本が切断されている場合はPARPというもので修復をする、二本とも切断されている場合はBRCAで修復する、といった仕組みで遺伝子が修復されて細胞が生存します。では、BRCAに変異があるがん細胞に対して、PARP阻害剤というのがどういう形で有効なのかというと、BRCA変異があるがん細胞におきましては、まず正常なBRCAの働きがありませんので、DNAの修復機能が働きませんが、PARPの働きによってがん細胞の遺伝子が修復されますので、がん細胞は死なずに生き残ってしまいます。ここでPARP阻害剤を投与することにより、PARPの働きを抑ることで、がん細胞の遺伝子が修復されすにがん細胞が死にます。臨床試験では、BRCA遺伝子陽性HER2陰性転移性乳がんに対してリムパーザ®(オラパリブ)というPARP阻害剤を投与する方法と、主治医の選択による抗がん剤を投与する方法を比べると、リムパーザ®を投与した方が予後が良くなるというデータが報告されました。
スライドの写真
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この結果をもちまして、2018年7月にリムパーザ®が、がん化学療法歴のあるBRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性の手術不能または再発乳がんの治療薬として適応を拡大されました。
この薬剤についての開発の経緯ですが、まず1994年に初めてBRCA遺伝子が同定され、それから2019年に至るまで25年という四半世紀かかって、このような新しい薬がようやく我々の手元に届くのであります。

まとめですが、乳がんの一部(〜10%)は遺伝に関連します。そして、その多くがBRCA遺伝子が関連するHBOCです。患者さんやその血縁者の方がHBOCであることを知ることにより、治療・予防・検診を行う際の手がかりが得られます。一方、遺伝性ならではの問題を適切に支援する診療体制の整備も重要な課題であります。

>> 大阪南医療センター 乳腺外科

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