今日は肝がんの予防についてお話しさせて頂きます。
人類最大の脅威というのは実は感染症でございました。実は感染症がコントロールできるようになって寿命が伸びたということが、がんの増加のひとつの要因となっています。すなわち老化とがんの出現というのは表裏一体の側面があります。そのような点も含めて私の話を聞いて頂ければと思います。
まずイラクの支援のお話しです。実は自衛隊がイラクに行って支援を手伝っていて非常に危険な任務を任されていたことがあります。その時に何に注意して作業にあたったかというと、このような標語にして「安全のためのABCD作戦」ということで注意されていたということです。すなわち、A:当たり前のことを B:ボーっとしないで C:ちゃんとやる D:できたら笑顔 というふうに、非常に大事な任務にあたる時でも基本的な心構えが大事であるということで「ABCD作戦」と名付けられていたのです。
話を肝がんに戻しますと、肝がんが発生しやすい状態というのはある程度分かってきていまして、B型ウイルスがある方はない方に比べて肝がんが45.8倍出来やすい、C型肝炎がある方はない方に比べて肝がんが101倍出来やすい、お酒を1日40グラム以上飲む方は飲まない方に比べて4.36倍肝がんができやすい、BMIに見て10年間肥満がある人は肝がんが4.57倍出来やすい、糖尿病がある人は肝がんが2倍出来やすい、ということであります。このことから先程の「安全のためのABCD作戦」をもじって「肝がん予防のABCD作戦」を考えてみました。
A:アルコールを少し謹んでください B:B型肝炎がある方は治療してください C:C型肝炎がある方は治療してください D:糖尿病や肥満がある方はしっかりコントロールしてください ということであります。
肝がんの遷移別の推移を見てみます。C型肝炎陽性の人、B型肝炎陽性の人、肝炎ウイルスがいない人(糖尿病、脂肪肝、アルコールが原因の方)で肝がんができる割合を比べてみました。そうするとC型肝炎の人が肝がんになる確率が一番高いですが2000年前後と比べると最近は一割ほど減ってきてます。何故減ったかというのを分析すれば予防策も分かってきます。
まず、C型肝炎に対する対策とか治療が非常に進歩したというのが背景にあります。昔はC型肝炎はインターフェロンで治療していました。2011年まではインターフェロンでどうにか治療していました。しかし最近は直接ウイルスに作用する抗ウイルス剤、略してDAAと呼びますが、これが非常に強力でC型肝炎の治療を劇的に改善したという背景があります。
話を2000年前後に戻しますと、肝がんの死亡率が非常に高かったとき、マスコミには「国民病」とか「殺人ウイルス」であるとして取り上げられておりました。当時はC型肝炎検診に引っかかった人をインターフェロンを使って治療をしていました。それから10年経ってその方達がどういうふうになったかというと、C型肝炎ウイルス陽性が4分の1の数に抑え込むことができたのですが、問題は消えた人よりも消えなかった人の方が遙かに多いわけです。抑え込むことができても予防しなければ再び肝がんになるんじゃないのかと、いう話であります。
それが最近では治療さえできればほとんど治るようになりました。それは非常に強力な薬である直接作用型抗ウイルス剤DAAが登場したからであります。
なぜこれほどまでに強力な薬が出てきたのかという話をします。
インターフェロンはよく知られているように周りの免疫に働く薬であってC型肝炎ウイルスを直接攻撃はしてくれません。免疫細胞の働きを高めるので必ず生体反応が起こりそれが副作用として出てきますし、体質の影響も受けるものになります。一方、直接作用型抗ウイルス剤DAAは免疫に働くのではなくC型肝炎ウイルスを直接攻撃してくれるので非常に強力な薬になりますし、副作用も少ないということです。こういう薬が出てきた結果、非常に治療効果が良くなってきたわけであります。
C型肝炎ウイルスがどうやってできてきてこの薬がどうやって効くのかということを、C型肝炎ウイルスを紙飛行機を例にお話しします。
紙飛行機の設計図があるとそれを元にどんどん複製した紙飛行機を増やしていきます。この増やした紙飛行機の紙の設計図をハサミで部品に切り分ける必要があって、それを組み立てるためには作業台であるとか接着剤が必要であったりしますが、この直接作用型抗ウイルス剤は、複製の段階のコピー機能を阻害したりハサミを阻害したり作業台を潰してC型肝炎ウイルスが増えることが出来ないようにします。そのような薬なので非常に良く効くということです。
その結果、近畿大学医学部附属病院での治療実績を例にみますと、ほぼ90%以上の治療効果が得られるようになってきています。C型肝炎ウイルスが消えればどうなるかというと、肝臓の状態もはじめはゴツゴツだったものがツルっとしてきて肝臓の繊維が少なくなってきます。このような様子からもC型肝炎ウイルスが消えればC型肝炎が原因の肝がんが減ったと考えられます。
実はB型肝炎の治療薬もインターフェロンと核酸アナログという飲み薬で治療します。この核酸アナログ剤はC型肝炎ウイルス直接作用型抗ウイルス剤にあたる飲み薬でありまして非常に強力な薬です。なので同じ様にB型肝炎が原因の肝がんも減ってくるだろうと思っていたが、C型肝炎が原因の肝がんの減少率ほどは順調に減ってきていない状況です。
B型肝炎というのは少し特別で、B型肝炎ウイルスは肝臓の遺伝子の中に潜伏します。この隠れているウイルスの遺伝子からどんどん新しいウイルスができてきて、それが血液の中に出てくるので採決すると血液の中のウイルスのDNAが検出されるということです。核酸アナログはC型肝炎ウイルス直接作用型抗ウイルス剤と同じく非常に効果は強いのですが、実は増殖しているウイルスにしか効かないので隠れているウイルスの遺伝子には効かないのです。昔から使われているインターフェロンは隠れているウイルスの遺伝子に対しても効果があります。
B型肝炎ウイルスが増殖しているとかウイルスの遺伝子が隠れているかどうかというのは、採血で簡単に分かります。核酸アナログは活動しているウイルスの量を減らせるので、肝がんはある程度減らせることが示されていますが、実はB型肝炎の場合は採血して検査結果が全く正常でも時々肝がんが出てくる例があります。一般的な血液検査では出てこなかったけどよく調べてみたらウイルスDNA量が陽性だった、ということがあります。このようなところはC型肝炎と違ってB型肝炎の怖いところであります。
では活動しているウイルスが少ないのにどういったものが原因で肝がんが出るのかというと、hbs抗原(隠れているウイルス)が多い人は少ない人に比べて肝がんが出やすいということが分かります。隠れているウイルスを減らすのはインターフェロンが優れているので、肝がんの予防を考えたときのB型肝炎の治療というのは、まずは核酸アナログで活動しているウイルスを減らして、なおかつインターフェロンで隠れているウイルスを減らすという試みが最近始まっています。
最後に、糖尿病、肥満、アルコールについてお話しします。
どれくらい太っていると肥満かというとBMIが25以上であれば肥満ということですが、これだと私も肥満になってしまいます。25を越したあたりから高血圧や糖尿病が出やすいということでこのような基準になっているのですが。あのミロのビーナスは理想的な体型らしいのですがこのような方は滅多にいませんよね。モナリザの場合はBMIは27.8で計算上では肥満になりますが、健康かどうかというと非常に若い方なので多少BMIがオーバーしていても若い間は大丈夫だと思います。逆に若いのに過剰なダイエットをするとかえって肝臓が悪くなります。なので若い間はBMIは気にしないで良いですが、中年になってくればメタボの原因になってきますので注意する必要はあります。C型肝炎で糖尿病や肥満がある人の統計をみますと、C型肝炎が治った方でも糖尿病や肥満がある方とない方では肝がんの発生率が明らかに違いますので、糖尿病や肥満がある場合、特に糖尿病がある場合はしっかりコントロールしていただきたいと思います。肥満がある場合は生活を是正していただく。このあたりは日々の習慣なので難しい問題だと思います。次はお酒です。肝硬変の方がインターフェロンを使ってウイルスが消えた人と消えなかった人。消えた人はもちろんがんになる率が減るわけですが、その中で1日20グラム以上飲酒している人は飲酒しない人に比べてがんの発生率が高いです。その様な側面がありますのでやはりお酒もリスクであります。このように生活習慣ベースにした肝がんは増えてきています。このようながんはウイルスがそもそもないので、日々の生活習慣のコントロール・是正が非常に大事だということですので、中年を過ぎたらこのようなことに目を向けて頂きたいと思います。
C型肝炎はまず治りますのでまず検査を受けて頂き、C型肝炎であればどんどん治しましょう。B型肝炎も同じですが簡単な採血検査では分かりにくいですし、母子感染もありますので親・兄弟がB型肝炎の場合は一度詳しい検査を受ける必要があります。お酒は少ない方が良いと思います。1日40グラム以上の飲酒でがんになるリスクが4倍以上になりますし、肝炎であれば禁酒、肝炎が治っても1日20グラム以内に抑える必要があります。糖尿病・肥満がある場合は、カロリーの是正をしっかり行って頂いて鉄分の摂りすぎに注意してください。糖尿病がある場合は肝臓も一度調べてください。これらが肝がんの予防に非常に大切なことだと考えます。
最後に。肝がんが出て一度治療をしたという場合もしばしば再発してきます。我々近畿大学医学部附属病院はそれをどうにかして抑えることは出来ないかと取り組みをしています。がんが再発してくるというのは、がんに対する免疫反応がどうも弱くなっているというのが分かっています。今話題になっている、免疫チェックポイント阻害剤を使ってがん細胞に対する免疫反応抑制の解除をすることによって、再発の予防が出来ないかという取り組みをしている最中です。
>> 近畿大学医学部 消化器内科 ホームページ