鎌田實先生の講演(3)
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蕎麦屋さんを営んでいるご夫婦のお話です。
まずおばあちゃんが僕の外来へやってきました。おばあちゃんは進行している膀胱がんで、もうやることがないと言われたそうです。しかしウチの検査結果を診ておばあちゃんと相談した結果、心残りがないようにもう一度がんと闘うことを決めました。 病気とはちゃんと闘うんだけど、苦しんだり悩んだりしなくて良い、不安の中にいなくていいだろうと思うのです。ですから精神的に支えます。闘える人は闘って欲しいんです。
おばあちゃんは結果、手術を受けて成功し元気になりました。すると次はおじいちゃんが違うがんにかかり入院しました。するとおばあちゃんは手術を受けておいてよかった。店は私ががんばるからじいちゃんにゆっくり養生してもらう。と言いました。 頑張って、おじいちゃんとおばあちゃんが代わる代わる入退院して3年が経ちました。とうとうおばあちゃんのがんが再発しました。その時にはかなり悪い状態でした。おばあちゃんになんで我慢していたの?って聞くと「再発したらいよいよだってのは分かっていたから後悔はありません。しかしひとつだけやりのこしたことがある。おじいちゃんとの趣味の社交ダンスを3年前から踊れていない。今度町のダンスパーティーがあるのでそれまでは入院したくなかったの。」と言いました。それを聞いた看護師達は、町のダンスパーティーまでに返す余力はないのは分かったので、病院の病棟食堂をダンスパーティー会場みたいに飾り付けました。お二人はドレスと燕尾服で着飾って一曲だけダンスを踊りました。
おじいちゃんがダンスの曲が終わった後ずっとおばあちゃんを抱きしめていました。最後に耳元で「ありがとうな。」て言ったそうです。その後僕が病室に行くと「おじいちゃんにありがとうって言われたのはじめてだった。」と言いました。そしておばあちゃんは僕の手を取って「ありがとう。3年前に先生の言うことを聞いてよかった。できるだけのことを人間しなくちゃね。もう思い残すことはありません。いつお迎えが来てもいい。」と言いました。
結局自分らしく生きることが大事です。そのために医療の応援が必要なんです。放射線治療は今回のがん対策基本法というものができて、がん診療連携拠点病院が全国に設けられた訳です。そのがん対策基本法の一番大事な所は緩和医療の充実と放射線治療です。
放射線治療というといかにも副作用がある悪い面を今まで見てきましたけれど今は全然違います。放射線治療によって随分救われる命がある。例えばお年を召した方の前立腺がんや食道がんの場合は手術なしで治癒ってこともあります。手術をしないと治らないんだと僕たちは思い込んでいましたがそうじゃないことを放射線治療進歩によって分かってきました。
放射線治療は暴力的な治療じゃなくて緩和医療の中ではものすごく大きな役割になってきてくれて、痛みがなくなったり骨の転移が消えちゃうこともあります。すっきり治らなくても3ヶ月?4ヶ月痛みもなくニコニコしていられる。しかし放射線治療しない方がいいんじゃないかという人が未だに多くおられる。かつては医療が日本に居る多くの方達を苦しめて来たという事実はあったけど今はまるで違うんです。 がん対策基本法が施行されてから、このように放射線治療が変わって来たことと、もうひとつは緩和医療が充実してきて、身体の痛みをとるだけでなく心の痛みや社会的な痛みや霊的な痛みを取ろうと医師や看護師たちが考え始めましたということです。がん対策基本法が施工されて5年で大病院から街の開業医の先生まで、この知識と技術を広めるということでやってきています。まだまだ道半ばですが徐々に浸透しはじめました。
人間は生きている間に色んな物を失います。しかし人間は希望を持ちその希望とともに生きて行きます。そこに良い意味でいつも伴走してくれる人がいてくれるとどうでしょう。
日本のがんの緩和医療はまだ完成していません。けれども身体の痛みをとるだけでなく心の痛みや社会的な痛みや霊的な痛みを取ろうという医師や看護師たちが、少しずつ増えて来ているということは間違いないんです。 でも、そういう中でただただ安心してボーッとしてていいんじゃないんですね。大事なことは闘える人は闘うことです。たとえ治る可能性が低くても闘って治ることも沢山あるのです。出来るだけのことをすべてやりながら、なおかつ自分らしくきちっと生き抜くことがすごく大事なことなんです。
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