室長 平尾 眞

人工股関節の擢動面摩耗の研究

  1. 耐摩耗性を向上させるためポリエチレンにガンマ線照射したCross-Linked Polyethyleneを使用した人工股関節の摩耗量に関し、骨頭径の摩耗量に与える影響を調べるため、対象を26mm骨頭と32mm骨頭の2群にわけてin vivoで経時的に摩耗計測を行っています。ポリエチレンの変形(初期摩耗)やレントゲン画像から摩耗計測ソフトを用いて計測するための誤差は手術後3年を経過すると無視できることが判明し、それ以降は両群とも摩耗量は著しく軽減し、手術後10年を経過しても26mm群、32mm群で摩耗量に有意差が無いことを報告しました。
  2. 関節擢動面にセラミックを使用した人工股関節は低摩耗ですが、合併症としてセラミックの破損が報告されています。それを解決するため低摩耗性と耐破損性を兼ね備えた材料オキシニウムが臨床応用されてきていますが、詳細な合併症・摩耗量の検討は少ないのが現状です。当センターでは、直径32mmのオキシニウムヘッドとCross-Linked Polyethyleneの組み合わせによる人工股関節の臨床データを収集しています。合併症・摩耗量の計測データを蓄積し、その臨床的有用性について検証しています。

ハイドロキシアパタイトコーティングステムの臨床成績と疼痛の評価

近年、人工股関節全置換術においてセメントレス大腿骨ステムの使用数が増加しており、良好な長期成績が得られています。しかし、一部の症例では手術後の股関節周囲の疼痛をきたすとの報告があります。欧米の患者を対象として、大腿骨ステム表面へのハイドロキシアパタイト(以下HA)のコーティングはHAコーティングのないステムと比較して臨床スコアが優位に改善し、大腿部痛の発生頻度が低下していたと報告されていますが、日本人患者についての検討は少ない状況です。当センターでは2018年より多施設共同研究として、HAコーティングステムを使用した人工股関節の臨床データを収集しています。臨床成績とX線評価を行うことによってHAコーティングステムの有用性と安全性を検証していきます。

術中計測装置(KneeAlign2)を用いた人工膝関節置換術のインプラント設置位置の評価

人工膝関節置換術においてインプラント設置位置はその機能性および長期耐久性に大きな影響を与えます。その対応策として近年光学式ナビゲーションシステムなどが導入されインプラント設置位置精度の向上が報告されていますが、高額機器であること、準備に労力が多いなどの問題点があります。そこで当センターでは2016年より低価格で利便性の高い加速度計を用いたポータブルナビゲーションシステムによる手術を導入し、多施設研究にて100症例に対してその設置位置精度について1年間調査を続けて分析した結果、ポータブルナビゲーション使用により有意に設置位置精度が高まるという結果を得ました。

股関節低侵襲手術進入法への取り組み

  1. SuperPATH® approach:人工股関節全置換術(THA)術後の合併症である脱臼の予防や早期社会復帰、ADL向上を目指し、さまざまな手術アプローチが提案されています。当センターでは2015年よりSuperPATH®アプローチを導入しています。このアプローチは筋肉・腱を切離しないため術後の低脱臼率、早期回復が期待でき、米国における本アプローチの短期成績は他と同等あるいはそれ以上という良好な臨床結果が報告されています。THAが必要となる股関節疾患は欧米では一次性股関節症が多いですが、本邦では臼蓋形成不全由来の二次性股関節症が多く、本アプローチの股関節形態の違いによる成績への影響は調査されていません。当センターでの1年以上追跡調査可能であった症例で、臼率の軽減、下肢機能の早期回復の結果が得られています。
  2. 選択的外旋筋温存アプローチ(CPP)による大腿骨頚部骨折に対する人工骨頭置換術の治療成績:大腿骨頚部骨折に対する人工骨頭置換術における問題点として、高齢患者が多いため脱臼予防指導が十分に行えず術後脱臼を起こすことがあげられます。近年、脱臼予防に有用とされる外旋筋群温存アプローチが各種紹介されており、そのうち、2つのアプローチについて現在、データ蓄積を進めています。
    a) 当センターでは2017年よりそのうちの一つであるCPPアプローチ(外閉鎖筋のみ切離)を導入しています。多施設研究による322症例データ登録も完了しており、その中間発表となる70症例に対しての臨床成績及び脱臼発生がなかったこと報告しています。
    b) 当センターでは2018年よりSAアプローチ(外旋筋すべて温存)を導入し、現在約30症例のデータを得ています。良好な臨床成績を達成できていますが、術前身体能力によりその臨床経過に違いを認めることがわかってきました。さらに症例を増やしながらその臨床成績(脱臼率・合併症など)の調査を進めています

大腿骨近位部骨折手術後リハビリにおけるIoT 歩行・バランス・ROM 計測情報の可視化が院内および地域連携パスへ及ぼす影響についての分析調査

大腿骨近位部骨折に対する治療戦略は高齢化社会における大きな問題の一つです。現在地域医療構想による病床の機能分化・連携を実現するにあたり、本骨折に対して地域連携パスを使用した医療機関連携で、急性期治療からリハビリ治療に移行しています。その連携を密にさらに効果的にして高齢患者の早期のADL向上を目指すことを目的として、リハビリ状況を定量化・可視化でき、その場で患者様へFeedbackできるウエアラブル機器(Moff)を2018年3月より導入しています。その結果、Moffを使用したほうが使用しない場合と比較して、同一期間内においてリハビリ提供単位数が有意に増加することが判明しました。さらに症例数を増やしながらその臨床成績(リハビリ進行速度、在院日数など)の調査を進めています。

動画を用いた運動器疾患周術期の歩容評価

ヒトの重要な運動機能の一つである歩行は様々な運動器疾患により障害され、実際に整形外科診療において歩行の異常は頻度の高い主訴となるのみならず、日常生活での要求に応える歩行・歩容が不可能な場合は手術治療で改善します。本研究では術前に障害されている歩容に対して術後に生じた変化を客観的に記録し、人工知能など先端技術を用いて周術期歩容を評価する方法として歩行動画の有用性を検証しています。

脊椎手術の低侵襲化および安全性向上に向けての研究

当センターでは脊椎手術において特にインプラントを使用する固定術を施行する際には、Multiplanar reconstruction (MPR)- CT を用いた術前コンピューターシミュレーションを行っており、正確なインプラント設置や手術時間短縮を達成しています。その一環として腰椎に関しては、椎弓根最短径(至適椎弓根スクリュー径)をy、冠状断椎弓根横径をxとした場合の回帰式を、L1・L2 はy=x、L3 はy=0.88x、L4 はy=0.76x、L5 はy=0.58x と提唱しました。さらに、術中神経損傷を避け手術の安全性を高めるために術中神経モニタリング機器を導入し、2013年より多椎間固定術を要する高手術侵襲の脊柱変形症例に対して、従来法に低侵襲脊椎前方固定術(XLIF)を組み合わせたハイブリッド手術を実施しています。脊椎固定術の目標の1つである骨癒合の本術式における特徴および影響因子について検討し、その骨癒合率は喫煙歴や自家骨以外を移植骨として選択した場合に低い傾向にあること、脊柱変形の凹側での骨癒合率は凸側に比べ高率であること、を明らかにしました。さらに症例数を増やし、短期・中期治療成績を検討し、本術式の良い適応症例や利点・欠点などの考察を行う予定です。

関節リウマチに伴う脊椎病変に関する研究

関節リウマチ(RA)では四肢関節障害と同様に高頻度に脊椎病変を合併します。特に頚椎病変は延髄・脊髄症状が出現すると、ADL低下を来たし生命予後にも影響します。近年、病態形成の中心的役割を担う炎症性サイトカインや炎症細胞を標的とした生物学的製剤が導入され、優れた疾患活動性制御や四肢関節破壊抑制・修復効果が報告されています。当センターでは脊椎病変において同様の修復作用あるいは進行防止効果が認められるか観察研究を行っています。一方、腰椎病変に関してもその発生頻度は頚椎病変と差がないとされており、腰椎側弯変形の有病率に関しては当センターにおけるRA患者の約30%に上ると報告しました。近年、革新的な内科的治療の進歩による患者活動性向上し、腰椎病変に対する手術治療頻度が増加傾向にあります。頚椎病変に関する手術治療体系についてはほぼ確立されつつありますが、腰椎病変に関しては未だ確立されていません。代表的な固定術である後方経路腰椎椎体間固定術(PLIF)においてもRA患者に対しては過去に様々な問題点が指摘されおり、特に術後2年で30%と高率に発生する固定隣接椎間障害(ASD)に注目しています。ASD発生に至る危険因子として固定隣接椎間における既存RA腰椎病変または3度以上の既存楔状変形が関与していることを明らかにしており、本検討を継続することにより、RA患者に対する適切な術式選択および術後経過観察における注意点を明確にし、RA腰椎病変に対する手術治療体系の整備を検討しています。

腰椎変性疾患に対するinstrumentationを併用したPLIFの費用対効果の検討

Evidence-based medicineからvalue-based medicineへのパラダイムシフトの国際的潮流が存在する中、わが国はその潮流に出遅れ費用対効果関連の研究は非常に少ないのが現状です。国民医療費が高騰する中、国民皆保険制度維持のためには国内研究でのエビデンス蓄積が望まれます。そこで腰椎変性疾患に対する後方経路腰椎椎体間固定術(PLIF)の術後1年での費用対効果を公的医療費支払者の立場から調査しました。質調整生存年(QALY)の導出にはSF-36から得られたSF-6Dを用い、費用構造評価として出来高換算入院時全診療報酬点数(Cost)、インプラント材料費(IM)を算出しました。その結果、IM/Costは36.9%、Cost/QALYは188.4万円でした。今回算出したCost/QALYは術後1年での数値であり、QOL改善が維持されれば経年的に減少すると考えられます。さらに追跡調査を行うことにより、全診療報酬点数の36.9%を占めたインプラント材料費の妥当性を含め、限られた医療資源の適切な配分が必要と考えられます。

また日本の医療保険制度は6歳・70歳・75歳で自己負担割合が細分化されています。この75歳を境界として、PLIFの術後経過に差があるのか、費用効用分析を中心に調査しました。術後5年での予測値を割引率2%と設定し算出すると、SF-6Dから導出したQALY獲得値は75歳未満の群(P群)で0.577、75歳以上の群(E群)で0.498、費用効用比(CUR)はP群で364万円、E群で423万円と算出され、P群のみvery cost-effectiveと評価され、両群間に59万円の差を認めました。高齢者では健康寿命の延伸、生産年齢では生産性の回復や向上など年齢層によって要求される治療目標は異なります。特に、後期高齢者の手術治療にあたっては、手術侵襲の低侵襲化、術後の継続的なリハビリテーション、社会的処方などを検討し、より良いQALY獲得値を目指すことが必要です。また、脊椎疾患のみではなく、整形外科疾患は日常生活動作に大きく影響を与えるため、年齢層別の費用効用分析のエビデンスを重ねることも重要であると考えられます。

関節リウマチによる手指変形に対するシリコン人工指関節置換術の有用性の検討

関節リウマチ(RA)による手指変形のひとつに尺側偏位変形があり、変形が高度なものに対しては、シリコン人工指関節置換術が行われます。そのシリコンインプラントには、ストレートタイプのものと屈曲タイプのものがあります。当センターでは、2011年からAVANTA プレフレックスなどの屈曲タイプのものを積極的に使用しており、その臨床成績を調査しています。その結果、尺側偏位角度や外観に関する自己評価は有意に改善しており、レントゲン検査でも大部分の症例はintactでした。RAによる高度な尺側変偏位変形に対する屈曲タイプのシリコン人工指関節置換術の有用性を国内、国外の学会にて既に報告し、本手術を継続的に実施しています。

関節リウマチの人工肘関節置換術におけるtriceps on approachの有用性の検討

人工肘関節置換術(TEA)における上腕三頭筋腱の処理には、CampbellやBryan-Morrey法などに代表されるtriceps-off-approachがよく利用されます。しかし、術後に上腕三頭筋機能不全が生じることがあり、特にnon-linked typeのTEAでは脱臼の原因になります。そこで当センターでは2014年からTEAにおいて、triceps on approachの一つであるlateral para-olecranon approachを積極的に採用しており、その臨床成績とCampbell法を用いたTEAの臨床成績を比較検討しました。その結果、肘の術後の関節可動域や手術時間、術後合併症は両群に差がありませんでしたが、術後の肘伸展筋力はtriceps on approachを用いた群のほうが有意に良好でした。当センターでは人工肘関節置換術triceps on approachの有用性を学会報告し、継続的に実施しています。

広範囲骨欠損を伴う手関節障害に対する同種骨移植術の有用性の検討

関節リウマチ(RA)による骨破壊、骨吸収により広範囲骨欠損をきたした手関節障害の症例に対して、同種骨移植による手関節全固定術を行っており、その症例の臨床成績と骨癒合を評価しています。症例数は少ないですが、臨床成績は良好で、画像検査にて骨癒合が認められました。同種骨移植による手関節全固定術の有用性を国内の学会にて報告しており、今後症例数を増やしさらに検討していく予定です。

リウマチ下肢関節外科・骨代謝領域については、免疫異常疾患研究室の項を参照してください。